「普通の子」

ってなんでしょうか?

 

いつも私は考えたりします。

普通、普通と言われても

なにが普通かわからなくなってきます。

 

そもそも普通ってなに?

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昔、私が子供の時代は

よく話す子

よく動く子

よく泣く子

よく怒る子

勉強が苦手な子

 

こういった子が

たくさんいました。

 

「個性」だと言われていました。

 

 

普通ってなんでしょう。

 

私の普通は

親から愛されることは

大変だった。というのが

普通でした。

 

親の顔色を見続けて

良い子でいなければいけないのが

普通でした。

 

親から叩かれるのは

悪いことをしているからだと

言うのが普通でした。

 

 

それって本当の普通でしょうか??

 

 

実際、子どもが生まれた時

「こんな可愛い子に手をあげるなんて!」

そんな気持ちでいっぱいでした。

 

 

たしかにイライラしたり

怒ることはあります。

 

 

しかし

自分の気分次第で

手をあげるのが

普通だとは思えなかったのです。

 

 

過去の虐待があり

自分の過去を

どう消化したらいいのかと考え

心理学を専攻して

色々と考えました。

 

 

しかし、これって勉強していて

「分かる!分かる!」ってことはあっても

自分の中の感情と

向き合うのはとても大変だったわけです。

対処法とか改善法とか分かったとしても

折り合いをつけるのって大変なんです。

 

 

しばらく時間はかかりましたが

なんとか自分の中で

整理できました。

 

 

向き合うのは1人では無理だったし

1つの方法だけでは無理だったし

色々な心理学を学んで私なりの

改善法をカスタマイズしていったのです。

もちろん人にも助けてもらいました。

 

 

今もどこかの協会に

入っているという訳でもありません。

 

ただ自分のために

勉強してたことが

心理学だったと言うだけの話なのです。

 

 

大人の発達障害

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発達障害と呼ばれる

ADHD

アスペルガー

自閉症

学習障害

などの広まりにより

障害だと少しずつ

認識されるようになりました。

 

 

もちろん

悪い言葉ではありません。

 

 

「大人の発達障害」という言葉を

よく耳にすることがありました。

 

 

仕事がどうしても覚えられない

どうしても遅刻してしまう

メモをとれない

空気が読めない

イジメにあってしまった

 

 

もっともっと

たくさんのお困りごとを抱えて

苦しい想いをされて

日々生活をされていた方々です。

 

 

その方々が診断をうけて

「あぁ・・・これだったのか」と

腑に落ちたり安心したり

自分で自分の個性が分かったりして

初めて改善するには?となるのです。

 

 

でも、診断を受ける前までの

記憶や辛い気持ちは

消せないのです。

 

 

いわゆる二次障害と言われる

こういった

心の病気をおこしてしまう気持ちこそ

発達障害の難しさであると

私は思います。

 

 

だってぱっと見は

失礼ですが「普通」なのです。

 

でもね?

この普通だって色々ありませんか?

 

身長が高い

低い

やせ形

ちょっとぽっちゃり

手が長い

毛深い

毛が薄い

 

 

もっとありますよね。

これだけとっても

普通ってわからないのです。

 

 

普通は普通じゃない

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人それぞれに

「普通」という定義があると思います。

 

人によっては、私がこうやって

ブログに書いてあることについても

「普通じゃない」と思われる方も

もちろん、いらっしゃるでしょう。

 

 

それで全然いいんです。

 

だって普通は

人によって

色々あるからです。

 

 

普通が色々あるように

発達障害の子どもたちに

「普通になってほしい」と

願うのは無茶な話だと思うのです。

 

 

子どもの普通は

子どもの見ている世界だからです。

 

 

その普通の世界が

生きずらいものであれば

少し手助けをし

少しでも生きやすい世界に

してあげるのが

私の役割だと思っています。

 

 

子どもの見ている

世界を見てみたい!と

思ってみたり

この子の考えを見てみたいわーと

思うこともあります。

 

 

私と真逆のことを考えたり

予想もつかない言葉が帰ってきたりしたり

想像することが出来ない

言動をすることがあるからです。

 

 

でも、それが

息子にとっての普通なんです。

 

 

その世界を曲げさせてまで

「普通になりなさい」

言うのは違うと思うのです。

 

 

そんな世界や考えを

教えてほしいし

伝えてほしいと思うのです。

 

 

そして、どこで躓いているのか

どこがすれ違いやすいのか

そんなことが初めて分かるのです。

 

 

さきほど「大人の発達障害」でも

言いましたが

自覚できて初めて改善に向かうわけです。

私の過去の出来事だって

普通じゃないんだって自覚できてこそ

自分と向き合えるのです。

 

 

それには

自分で自覚して

初めてわかるのです。

 

 

自分が普通だと思って

真冬に半袖を着ていて

周りがヒソヒソ言っていても

何が悪いのかわかりません。

 

 

寒くないの?って聞かれて

あれ?みんな寒いのか!って気付けたり

だから長袖なのかー。と

納得できたりすると思うのです。

 

 

「冬は寒いから長袖」だって

大多数の普通であって

その子の普通なのかはわかりません。

 

 

北海道で住んでいる知り合いが

真冬に本州に来られた時

「あったかい!」と言いました。

 

「えええ??寒いよ!?」と思いましたが

北海道ではマイナス10度とかマイナス20度とか

普通なのですよね。

 

 

私の普通は

その人にとって普通って訳ではないのです。

 

 

それぞれの普通を大切に

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私の過去の話になりますが

親が殴るのが普通だから

子どもにもしていいのか??

 

いいえ、それは違います。

 

親はそれが普通だったのかもしれません。

でも私の普通ではないのです。

「それぞれの普通を大切に」

書きましたが

こういったことは改善をしないとダメです。

 

 

なぜかというと

心に被害を受ける人が出るからです。

最悪、死んでしまったり

自殺ということにもなります。

そこまでいかなくても

長年苦しむことがあるからです。

 

 

日本という括りで見ると

虐待や暴力はいけないと

大多数の意見があり

法律で定められていて

指標になるものがあります。

 

 

しかし、学校や友達や

家庭、会社などの

小さな世界の中では

判断できる材料が少なく

意見も少ないです。

 

 

クラスで言っても

30人のほどです。

 

 

30個の意見しかないのです。

 

その中でも

意見の力が強い子もいれば

弱い子もいます。

 

 

日本は右向け右とか

集団心理があります。

 

 

和を重んじることは

悪いことではありません。

 

 

しかし発言力の強い子が

普通を押し付けてしまえば

それがクラスの普通になり

浮いてしまう子や

いじめの対象になってしまう子が

出てきてしまう。

 

 

そういうわけではなく

こんな意見もあるよ

こんな子もいるよ

 

 

これが普通なんだけど違う?

と確認し合える環境や

受容する環境が

まず必要だと思うのです。

 

 

ひそひそと

いじめるのであれば

1対1で意見をぶつけたらいいのになぁと

思うのです。

 

 

私が1年前ほど前

個人的に学生さんの悩みを

聞いていた時期がありました。

 

 

その中で

いじめられてしまったという

中学生の子がいたのですが

イジメの原因は

「クラスで一番発言力のある女子の

好きな男の子と仲が良く、頭が良かったから」

なんです。

 

 

その子は日本が居づらく

イジメもひどくなったので

英語が得意だったことから

海外に留学しました。

 

 

そして保護者のかたが

裁判をたてて

イジメは収束しました。

保護者のかたの

行動力も素晴らしいと思いました。

 

 

私はそのときに

いじめられていた

女の子の心のケアをしていました。

 

 

今は明るい声で

楽しい話を聞かせてくれます。

 

「日本と違って海外は

個性的な子ばっかりで楽しいよ!」

って言ってくれた

言葉が忘れられません。

 

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それぞれの普通

それぞれの個性を大切に

お互いが出来る世界にならないかなぁと

綺麗ごとかもしれませんが

本当にそう思っています。

 

 

もちろん

ぶつかったり

喧嘩したり

批判されたりすることもあるでしょう。

 

でも、そうじゃないと

自覚するタイミングもないのだと

思うのです。

 

 

息子のことも

ずっと真綿に包んでいるわけにもいきません。

多少は世間というものを

知ってもらわないといけません。

 

 

そのうえで家庭では

「違いを認めて、どこが違ったのかな?」を

分かってもらうところであってほしいのです。

 

 

それこそお友達が普通だから

あなたも普通になりなさい!では

子どもの吐き出し場所がなくなります。

 

 

そうではなく

個性や普通を受容して

その子の世界を話してもらって

色々な普通があるんだよと

伝えていくことが

大切なのだと私は思います。

 

 

そして、それを認められる

社会が必要だと思います。

 

 

子どもは大人があっての

世界のように見えますが

逆にいうと

子どもあっての大人でもあるのです。

 

 

お互いに支え合いながら

自立していくのだと思います。

 

 

失敗が多い子であれば

それだけ色々なことにチャレンジしているということ。

 

人見知りや意見が言えないこであれば

人に合わせて相手の気持ちを考えられる子。

 

すぐちょっとしたことで落ち込んでしまう子は

心が優しく細かいところまで気が付く子。

 

落ち着きがない子であれば

チャレンジ精神があり、行動力がある子。

 

 

短所であるとおもうことを

少し見方を変えれば

長所にもなるのです。

 

 

それ本当に短所?

それ本当に普通?

 

常に私が考えてることです。

ね、私もきっと普通じゃないんです(笑)

 

 

小話

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小さい頃の記憶があまりないのですが

幼稚園ぐらいの時期の

記憶っていい記憶しかないんですよ。

 

近所の小さい子を

あやしてたとか

幼稚園でお友達に

おもちゃを貸していたりとか。

 

 

でも、聞いてみると

めっちゃ頑固だったみたいで(笑)

 

 

おそばを食べに行く道中

そこで気に入らないことがあったようで

お蕎麦も食べに行かず

みんなが行っても

車の中でずっとプンプンしてたようです。

 

頑固すぎる~って

自分のことながら

思ってしまいました(笑)

 

 

 

 

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さくら

発達障害グレーゾーン様子見の6歳子供の母親です。 赤ちゃんの頃から難しい子と思っていましたが 3歳検診でまさかの発達障害の疑いが・・・。 このブログは、同じように悩んでいるお母さんと想いや悩み そして私の知っていることを共有したい 少しでも多くのお母さんが笑顔になるように思い作りました。 よろしくお願いします。

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